女神と,たくさんの父達と,血走った目

アイブライト

涼風と共に空の青も透明感のある濃い瑠璃色へ変わってきたこの頃、自然の中でお茶を飲むのも気分が良いものです。それなのに…春と同様、秋もティッシュ片手に窓を閉め切って過ごさなければならなくなるあなたには、今日からReactionを毎日差し上げてみましょう。炎症が起こる前から、が鍵です。今日はそのリアクションに入っているアイブライトにクローズアップです。

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アイブライトは北ヨーロッパ原産のゴマノハグサ科、半寄生の一年生植物です。牧草地や荒れた土地に生えているイネ科やカヤツリグサ科の植物の根から養分を吸い取って成長し、夏から秋にかけて淡い紫を帯びた白い唇形の花(1~2cm)を咲かせます。小さな米粒のような花から和名は薬用小米草(やくようこごめぐさ)。日本で多くのコゴメグサの変種が東北から九州までの山間部の草地に生息していています。

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アイブライトの学名(Euphrasia officinalis)は、ギリシャ神話の「三美神(カリテス)」の一人、エウプロシュネに由来。ちなみにカリテスはカリス(女神)の複数形、ギリシャ語で神の恵みとか恩恵を意味する語、巷で耳にする「カリスマ」の語源です。

アイルランド地方には「盲目の少女が毒草に触れそうになった時、エウプロシュネがとっさに魔法を使って目が見えるようになる薬草に変えた」という言い伝えがあります。

三美神はゼウスの娘達ですが母親は諸説ありますがエウリュノメもしくはヘラとも…神様の世界、そのあたりあまりこだわりがないのでしょう。エウプロシュネ(祝祭、喜び)、タレイア(花盛り)、アグライア(光輝)の3姉妹は愛と美と生殖の女神アフロディテの侍女として仕え、神々の宴で優美な輪舞を披露するのがお仕事。ボッティチェッリやラファエロ、カノーヴァなどなど多くの絵画や彫刻のモチーフになっています。

三美神に関しては相反する「愛欲」と「貞節」に「美」が調和もたらしている女性の内面を表現している、とかなんとか異説だらけです。並び順にも統一がなくギリシャ神話にも無関係、これはどうも単に作品に後付けされた解説なのでしょう。         多くの作品は3人揃って大胆な全裸 (神の世界はおおらかです)で踊る姿が描かれていますが、レオナール藤田(嗣治)の三美神はそれぞれの様子が全く異なり、一人ずつの個性をわかりやすく見せています。三美神の作品を見かけたら、どれが誰で、何の象徴なのか想像を巡らせつつ裸体鑑賞、美術鑑賞をするのも芸術の秋にはまた一興かもしれません。

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太古よりアイブライトは心を研ぎ澄まし霊力を高めるハーブと考えられ、目を閉じて抽出液を浸した布を瞼に載せると相手の嘘を見抜けると信じられていました。

薬として紀元前一世紀、眼の感染症に初めて、古代ギリシャの植物学の父テオプラストスが目薬として処方した記録が既に残されています。同時期、医学の父ヒポクラテスや、ちょっと若い薬物学の父ディオスコリデスも「目にはアイブライト!」と記しています。

ちなみにテオプラストス、本名はティルタマス。学者仲間だったアリストテレスとプラトンが彼の理路整然とした弁論術を称えて神(テオ)のごとく語る(プラストス)という意味でつけたニックネームだったのです。実は当時の著名な学者達は皆、「あだ名」や「ペンネーム」で活動していたようで、あだ名を付けたアリストテレス本人も、そもそもが本名ではなかったようです。

時代は下り16世紀後半のイギリス、エリザベス1世の時代にはアイブライト・エール(ビールの一種)が飲み物として流行していたり、喉風邪の薬としてアイブライトのタバコが喫されていました。17世紀、博物者で医師で修道女、ドイツ薬草学の母ヒルデガルドの提唱で、疲れ目から白内障まで「目でお困りの時はアイブライト」と周知されていきました。

当時の詩や小説にはアイブライト入りの白ワイン、紅茶、シチューを飲むシーンやアイブライトの洗眼・点眼薬が出てきます。不朽の傑作と謳われたイギリスの一大叙事詩『失楽園』の中では、禁断の実を食べて楽園を追われ失明したアダムに対し、『大天使ミカエルはアダムの眼をアイブライトとルーで洗い流し、光をとり戻させた』とあります。しかし作者ジョン・ミルトン自身は作品書く前に視力を失っていたそうですから、アイブライトに失明を治す効果はないのでしょう。       イギリス植物療法のカルペパーは、「もしアイブライトがもっと利用されれば、眼鏡屋の半分は倒産していただろう」と書き残していて、フランスではCasse Lunette「めがねの壊し屋」という別名も持っているほどでした。

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さて、古代医療から中世まで延々と多くの医科学の父と呼ばれる人たちが、ハーブを使う根拠としていたのは、「植物の色、形、生育場所などが、似た臓器や作用に関係がある」という説。アイブライトも白い花びらの中に黄色の斑と紫色の脈が浮かんでいる様子が、疲れて血走った目に似ていることから目を癒す効果を与えられていると考えられていたのです。

この「見た目の特徴と効能」の考え方は、16世紀初頭、医師で錬金術師であるパルケルススがDoctrine of Signature(象形薬能論)として確立した理論は、「神はあらゆるハーブの姿形にその作用や効能を表すヒントを標し与えているのだ」と、一般民衆にわかりやすい言葉で植物と化学が結び付けました。              奇しくも漢方にも植物と人体を結びつける「相似の理論」という似た考え方があります。現代人としては化学的にどうなのかな?と疑問を感じますが、あながち的外れでもないのです。 確かにアイブライトには消炎効果、収斂効果、毛細血管を強化し、血流を改善する効果、強力な抗酸化作用がある成分が確認されていて、目だけでなく鼻や喉のカタール症にも使われています。ほかにも、胆汁と同じ黄色い花のタンポポや黄色いウコン、丸い葉の形が子宮頚部に似たレディースマントル、葉が病気に侵された肺に似た形をしているラングウォートや二葉に別れたイチョウ葉、擦ると赤い血のような液が出るので外傷に良いとされるセントジョーンズウォート、脳に似た形のクルミやイチョウ葉など形と効能が一致するものも少なくないのです。

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偶然なのか神が与えた必然なのか… 臓器や体の部位に似た形を持つハーブ、意外に多くあるものです。散歩や山歩きのついでに見つけてみませんか。