夏は怪談

 

アコナイト夏休み真っ盛り、今年の酷暑は特別です。こんな暑い午後にはミントのお茶をオンザロックで。 口の中からスーッと涼やかになり、暑さ負けでムカムカ、食欲がない時も助けてくれます。でも今日はミントのお話ではなく、ホーチュラスでは扱っていない毒草のお話です。

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雑司ヶ谷四谷町の御先手組同心、民谷家のひとり娘、岩の婿として養子に入った伊右衛門は、やがて新しい仕官の口に目がくらみ、上司である与力の伊東喜兵衛が孕ませた妾と一緒になることを画策。邪魔になった岩はおりしも産後の肥立ちがよくない。伊右衛門は血の道の薬と称して毒を飲ませ、けなげにも飲みつづける岩、やがて目は腫れあがり髪の毛がばさっと抜け落ち、見るも無惨な苦悶の表情で絶命…裏切られたことを知ったお岩さん、怨めしや不実な夫を祟り殺したのでした。

歌舞伎や落語で語られるこの「東海道四谷怪談」は勿論フィクションで、史実としてのお岩さんは美人で働き者。夫の伊右衛門さんと仲睦まじく、格式は高いものの経済的には困窮していた田宮家をなんとか支えるべく屋敷神を信仰しながら奉公に励み、お家は立派に再興した。この噂を聞き付けた人々が田宮家の屋敷神を参拝に訪れるようになった。ということです。これが現在、新宿区四谷左門町の元田宮家の住居跡にある「お岩稲荷」に刻まれた由来です。

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いつ世も、人の成功は世間の妬みを買うもの、田宮家の美談を嫉んだものか、武家社会に対する町民の皮肉なのか…怨霊話にすり替えられまことしやかな俗説として流布された噂。鶴屋南北はこの噂話と当時実際に起こった殺人事件からヒントを得て『東海道四谷怪談』を書き上げたとされています。脚本では田宮家に配慮し、お話の舞台は雑司ケ谷四谷の民谷家とし、さらに田宮又左衛門を元赤穂藩士、妾を押し付ける与力を吉良家家臣と設定し、この怪談話を「仮名手本忠臣蔵」のスピンオフとして交互に場面転換する形で上演されました。1825年 (文政8年) 江戸は中村座での初公演を記念して7月26日は「幽霊の日」だそうです。

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余談が長くなりましたが、怪談話でお岩さまが飲まされた毒薬が今日の主役、「附子(ぶす)」でした。附子の毒は舌がしびれ呼吸困難や麻痺などを起こさせ、お岩さんさながらの形相で死に至らしめる…ここから「ブス」という言葉が現代も独り歩きしています。

「附子」は、花の形が舞楽の装束で被る鳥兜に似ていることに由来した毒草トリカブトの根から取れます。トリカブトの毒成分はジテルペン系アルカロイドの一種アコニチン、青酸カリの10倍の威力を持ち解毒剤がないので一度致死量を口にすると確実に死に至らしめるつといわれる猛毒中の猛毒、植物界最強の毒と言われています。トリカブトの毒は根に最も多く茎、葉、花、蜜を舐めるは危険です。*****「附子」といえば教科書にも載っている狂言の「ぶす」。一休さんのとんち話「水飴の話」と同じく鎌倉時代に編まれた『沙石集』という仏教説話を基に作られていますが「舐めると死ぬ毒」という意味で「附子」というラベルを貼ったというくらい有名な毒の代名詞だったことがうかがえます。

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遡ること「古事記」や「日本書紀」によるとヤマトタケルノミコトの息子はじめ多くの皇族や豪族がこの毒を盛られたり毒矢で殺されています。その後綿々と続く忍びの世界でも重要な武器として伝えられていますが、アイヌ民族も古くからトリカブトの根を煮詰めた毒を塗り込んだ毒矢を狩猟に使っていたという記録が残っています。ちなみに、現在の静岡県東部はかつて「駿河」と呼ばれていましたが、この地域にもトリカブトが群生していたためアイヌ語でトリカブトを表す「スルク」が語源とも言われています。またその駿河の国の富士山、今も落岩の音が絶えない立ち入り禁止の危険地帯「大沢崩れ」にはトリカブトが多く自生しているとか。「附子」からブシ→フジ→富士山という一説もあります。

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ぶすとぶし。これは毒で使う時は「ぶす」、薬で使う時は「ぶし」と読み分けているのです。漢方では今でも鎮痛・強壮・昂奮・新陳代謝向上の生薬として用いていますが、これは弱毒処理(修治)されています。さらにトリカブトの子根を用いたものが附子(ぶし)、母根を用いたものを烏頭(うず)と区別しています。

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7月から9月の暑い時期に花を咲かせるこの毒草、英語名はアコナイトまたはアコニット(Aconitum napellus)。ギリシャ神話の中からすでに毒薬の代名詞にもなっていて、ヨーロッパからインドにかけて黒い伝説、不吉なエピソードが多く語り継がれてています。こちらはまたいつかお話しすることにいたましょう。

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げに恐ろしきは人の怨み、妬み、嫉みに逆恨み…

最近、体調が悪かったり髪が抜けたり…もしかすると最近ビールの苦さがきわだってきていたり…

…人の恨みに心あたりがありませんか?