味のジャーマン 香のローマン

 

 

今日は貴重な青空だというのに…気分は曇り空といった風情ですね。なるほどレディーにとってちょっと鬱陶しい週なのですね。始まる前からイライラしたり落ち込んだり痛みがあったりですね。温かいピリオドをご用意しますのでここでちょっと休んでください。ピリオドにはハーブティーの代名詞ともいえるカモマイルが入っています。あら?カモマイルの香りが苦手ですか?では、ひとつまみのペパーミントをブレンドして飲みやすくしてみましょう。お茶を待つ間、カモマイルのお話にお付き合いいただきましょう。日本ではカモミールと呼ばれることが多いようですが、フランス語のカモミーユからでしょうか。ここでは英語読みのカモマイルとします。

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カモマイルにはいくつかの種類がありますが、どの種も同じキク科の除虫菊などと同様、近くに生育する植物を元気にする働きがあり「植物のお医者さん」と呼ばれます。カモマイルはアブラムシの天敵になるテントウムシを引き寄せるため、害虫予防のコンパニオンプランツとして役立ちます。カモマイルとテントウムシ、実にかわいらしい絵になるコンビです。また煮出し液を苗木に噴霧すると立ち枯れ病の予防にもなります。香りの強さニュアンスには差があるものの、どの種のカモマイルにもリンゴ様の芳香があり、花言葉は「逆境に耐える」「苦難の中の力」「あなたを癒す」「清楚逆境に負けない強さ」「仲直り」イギリスの一部では「謙虚」などなど。

例えばダイヤーズカモミールArthemis tinctoriaは花の色が黄色とオレンジ色。薬効はあまりなくDyer’s(染物屋)の名の通り草木染の世界では黄色の染色液にミョウバンを加えると明るい黄色に、鉄を加えればオリーブ色に染まることが良く知られているそうです。ダブルフラワーカモミールChamaemelum nobile ‘Plenum’ は白い八重の花には薬効がありますが、花の数が少ないので薬用というよりは芝生代わりのグランドカバーに使われますノンフラワーカモミールChamaemelum nobile ‘Treneague’ はその名の通り花が咲かないので薬効はなく、こちらもイングリッシュガーデンの芝代わりとしてよく使われます。では最も有名で薬用として使われるジャーマン種とローマン種についてお話しましょう。

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まず、ジャーマンカモマイルMatricaria recutitaはキクの近縁種、シカギク科の一年草で小型の白い花を咲かせます。中央の黄色い部分(花托)が山高帽のように盛り上がるのが特徴で、葉や茎には香りがなく花だけが香ります。(写真はジャーマン種です)

スペインあたりが原産といわれますがヨーロッパ全域から地中海沿岸、北米、北西アジアにも広まりました。別名ワイルドカモマイルとも言われるように丈夫で路傍や空き地に自生しています。早くからドイツで薬として普及していたのでジャーマン種と呼ばれるようになったそうです。現在もドイツのコミッションE (薬用植物の専門委員会)では治療目的の使用が認めており、ホーチュラスのお茶で使用しているのもこちらジャーマンカモマイルです。

カモマイルは世界中で最も広く飲まれているハーブティーの1つですが、「味のジャーマン」といわれるようにお茶として飲まれるのはほぼジャーマン種です。別名「グッドナイトティー」の通り安眠効果が有名ですが、属名Matricariaはラテン語の子宮(matirx)や母(mater)が語源で、古代から生理に関わる症状、乳首の痛みや膣炎とい った女性特有の疾患に使われてきたことを示しています。種小名のrecutita はラテン語の「下に反り返る」という意味で、開花時の花弁が下に反り返る特徴を表しています。

薬効は神経系、婦人科系、消化器系の症状と多岐に及びますが、作用がとても穏やかですので乳幼児のむずがりや中耳炎の痛み、腹痛にも安心して使えるハーブです。『ピーターラビットのおはなし 第一話』で、一日中駆け回ってぐったり疲れて帰ってきたピーターに、お母さんがカモマイルのお茶を飲ませる有名な場面でカモマイルというハーブを知った方も多いのではないでしょうか。

ジャーマンカモマイルの特筆すべきところは精油の色です。香りは草のえぐみが強くあまり芳しくありませんが、精油の色は何とも魅力的な「アズレン・ブルー」と呼ばれ紺碧色をしており、瓶から取り出し空気と光に触れると緑色に変色するのが特徴的です。植物に含まれている油成分は無色透明なのですが、水蒸気蒸留される過程でマトリシンという成分からアズレン誘導体(カマズレン)が生成され、この時美しい青になるのです。「体にジャーマン」といわれる所以は、精油に豊富に含まれるこのカマズレンという成分に高い消炎作用がある為です。うがい薬や目薬のほか、腫瘍、火傷、消毒、湿疹などに有効な薬として使われます。どのお薬も美しい青色です。     またスキンケア商品や入浴剤には、赤ちゃん肌、乾燥肌、エイジング肌、敏感肌とどんな肌にも緩和作用を発揮する成分として配合されています。近年、世界中で商業栽培が行われていますが、特にドイツ、ハンガリー、クロアチア、エジプトなどが代表的な産地となっています。

日本には江戸時代前半にオランダ医学と共に薬として持ち込まれ、「母菊(ぼぎく)」という名で婦人病に重用されていました。北海道や東北などの寒い地域で栽培繁殖しますが、飛んだ種からそのまま野生化したり同じキク科の植物と交配しながら全国に広く自生するようになりました。小野蘭山の『本草綱目啓蒙』(1806)で朝鮮菊、松前菊と記載されていたのがカモマイルだといわれますが、はっきりとカミツレ(加密列)という名前が登場するのは宇田川玄真の『遠西医方名物考』(1822)が最初です。加密爾列という当て字で書かれた書物もあったようです。

カミツレという名の由来は諸説ありますが、オランダ語 の「カミレkamille」という発音が、当時の蘭学者の耳には「カミッレ」と聞こえたようで、さらに旧仮名遣いでは小さな「ッ」は大きな「ツ」で表記していた為カミツレとなった、という説が正しそうです。わが国の医薬品公定書である日本薬局方には、明治19年の第1 版から昭和48年の第8版まで「カミツレ花」の名で薬品として登録されていました。江戸時代には鳥取や岡山などで栽培されていたとも言われていますが、栽培地として具体的な地名が残されているのは大阪府茨木市総持寺附近だけです。総持寺の境内には今もカモマイルが咲いているのでしょうか。お近くにお住まいの方、ぜひ探してみてください。

一方のローマンカモマイル(Chamaemelum nobile)は多年草で、花弁は反り返ることもなく水平に開き、花托は平たく中身が詰まっているところと、「香のローマン」と称されるように花だけでなく葉や茎など全体から甘いリンゴ様の芳香を放っているところでジャーマン種と見分けられます。属名のChamaemelum はギリシャ語の kamai (地面の)とmelon(りんご)がくっ付いたカマイメーロンChamaimelonが由来になっています。

ちょっと横道にそれますが、なぜメロンがりんごなのでしょう?古代ギリシャ語では樹になる果実の総称としてmelonと呼んだようで、リンゴは果物の代表だったようです。因みにメロンはウリのような果実ということで瓜や瓢箪を意味するギリシャ語peponがついて、melonpeponだったのですが、前半のリンゴを意味する部分が後に独立してメロンの呼び名になったのだそうです。紛らわしいことです。

北アフリカから南欧を原産といわれるローマン種は早くからイギリスに伝播し根付いたので、別名イングリッシュカモマイルとも呼ばれています。特に聖アンナの祝日(7月26日)に教会へ行く時は、カモマイルの花束を持ってゆく習慣がありますし、イギリスの南西部ではお墓に香りのよいカモマイルを植える伝統があります。日本でもお供えといえば菊、同じですね。またイギリス王室では戴冠式にハーブの花束を持つ伝統が受け継がれているそうで、現女王エリザベスⅡ世が1953年の戴冠式で手にしていた花束にはカモマイルが入っていたそうです。

イギリスでこれほど愛されて来たのに、なぜローマン種と呼ばれるのかというと…ローマにカモマイルが伝わったのは16世紀以降なのですが、たまたまその直後にイタリア旅行をしたドイツの作家が、ローマで見つけたカモマイルだからローマンカモマイルと書物に記したところ、そのまま世界中に広まっただけなのだとか。

中世ヨーロッパでローマン種の最も一般的な利用法はストローイング・ハーブ(床敷きハーブ)でした。ヨーロッパの家は石や木、貧しい家は土の床の上にイグサや藁を敷いていました。イグサや藁は靴で持ち込まれる汚れや雨や雪、それに室内の湿気を吸収したり保温性、クッション性を持たせる効果がありました。敷き藁は汚れたり古くなると簡単に取り替えられ、料理の火種に再利用されました。入浴の習慣もなく衛生観念の低かったヨーロッパでは敷き藁のかわりに匂い対策、虫や鼠除け、疫病予防に役立つ様々なハーブを撒いたり、敷き藁に混ぜて使いました。香の強いローマン種は匂い対策としては最適だったのです。ストローイングハーブについては、またいつかお話いたしましょう。

余談ですが、カーペットの起源は約3000年前のシベリアで、遊牧民が厳しい自然から身を守るために作りだした暮らしの道具でした。初めは動物の毛を集めただけのフエルト状の敷物でしたが、西シベリアから中央アジア、トルコへとシルクロードに沿ってパイル織物として発展し、イスラム文化と共に技術的、芸術的に卓越した美しいペルシャ絨毯として花開きます。1204年に第4次十字軍がコンスタンチノープルを攻略した時、主戦国ベネチア軍が戦利品としてペルシャ絨毯を大量に奪い取ってヨーロッパに持ちこみます。しかし床に座る文化がないヨーロッパでは、カーペットは壁掛けやテーブルマットに使われ、床に敷かれるようになったのは16世紀以降、当時の王侯貴族の肖像画の足元に見ることができます。

イングリッシュガーデンでは、根が枯れることなく踏まれても丈夫なローマン種が芝として利用されていました。ハーブ好きなシェイクスピアは『ヘンリー四世 第一部』の中で、酒好き女好きで破天荒なフォールスタッフに、「カモミールはなぁ、踏まれれば踏まれるほど良く育つんだが、人の青春はなぁ~浪費すればするほど早く枯れ果てるってもんよ」と語らせています。なるほど。また、カモマイルは浄化のハーブ、「喘息の患者はカモマイルの芝に座って香気のなかで呼吸させるべし」という格言もあります。        また棄が絡みやすく低く刈り込むと密に茂りますので垣根にも使われ、我が家を呪いや魔の手から守るる結界と考えていました。

験担ぎといえば、ローマンカモマイルは「金運を呼び込むお守り」ともいわれ、ギャンブラーが賭け事の前にカモマイルの煎じ液で手を清めたそうです。また煮出し液を入浴剤として使うと狙った異性を落とせ「惚れ薬」にも使ったのだとか。

現在は主にイギリス、フランス、ベルギーで栽培されているローマン種は、主にアロマテラピー用のエッセンシャルオイル、入浴剤、芳香剤、香水、リキュールの香りつけなどに利用されています。ローマン種の精油は心にローマン」といわれるように精神面への働きかけが得意で、興奮を鎮める香りとして安眠や瞑想、特に生理や出産時の緊張や痛みを和らげたい時に最適です。

日本には明治初期、やはり薬種として渡来しましたが、すでにカミツレという名前がついたジャーマンカモマイルと似ているので、こちらもカミツレと呼ばれ、混同されることも多かったようです。近年、「カマメロサイド」という成分に糖化予防の薬効があるという発表されてから一目置かれて飲まれるようになってきました。

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さてさて、ハーブといえばおきまりのお酒の話。カモマイルを使ったお酒、あります。イタリアはピエモンテ州でグラッパを作り続けている歴史ある蒸留所SIBONAがリキュールCamomillaを出しています。ミルクとの相性抜群だそうで、魅力的なナイトキャップになりそうです。あ、夏はやっぱりビールですか?はい、カモマイルのビールもあるのです。イタリアにはミラノの小さな醸造所Birrificio Gecoが作る、カモマイルにコリアンダーシード、オレンジピールを配合したMilla、ベルギーにはオランダとの共同プロジェクトで作ったCheeky Kamille(BRUSSELS BEER PROJECTが)というレッドエールがあります。どちらも日本で入手可能のようです。20歳以上のカモマイル好きの方、是非お試しあれ。

そしてどうしてなかなか、日本の岡山に「加密列の風(吉備土手下麦酒醸造所)」なる地ビールがあるそうです。岡山といえば、明治の頃にカモマイルが栽培されていたらしいと…これは単なる偶然なのでしょうか?この夏一番気になる1杯です。お試しになられた方はご一報ください。