タイムとミツバチのご縁

タイム

10月も末となりましたが、まだまだスカッとした秋晴れが続かない季節の変わり目。花粉症?鼻風邪?そんなあなたには、またReactionはいかがでしょうか。殺菌作用のある成分を含みますので、風邪やインフルエンザによる咳やのどの痛みにも利用できます。お茶は飲んでも良し、うがい薬として利用することもできます。紀元1世紀に活躍したローマの医学者ディオスコリデスが「タイムとはちみつをあわせたものは胸から痰を排せつする助けをし喘息を治す」と勧めるように、今日は蜂蜜を入れて差し上げましょう。お茶を待つ間、今日のお話はリアクションにも配合されているタイムと素敵な結びつきのあるミツバチのお話をしましょう。

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まず一つ目は「タイムとミツバチの刺繍」のお話です。

時は中世11世紀、ヨーロッパではカトリックの聖地でもあるエルサレムをイスラム勢力から奪還することを目的に十字軍の遠征が始まります。東ローマ皇帝は当時のローマ教皇に援護を依頼、教皇は集まったフランスの騎士たちに向かって「乳と蜜の流れる土地カナンを奪還しよう!」という旧約聖書由来の言葉で彼らの心を掻きたてました。しかしこの遠征、ローマ教会の「神の正義のもと」はただの建前で、西側各国の国王諸侯、商人、農奴らが東方の豊かな土地と経済力に対してそれぞれの欲と野望で攻め込んで行った、無秩序でグダグダな進軍だったのですが…。そんな夫や恋人を戦地に送り出す女性たちはタイムの葉や小枝を贈ったり、彼らのシャツの襟やスカーフに「タイムとミツバチ」を刺繍したというのです。なぜ「タイムとミツバチ」だったのでしょう。

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タイムは…ギリシャ神話より。大神ゼウスの企てた「増え過ぎた人口は大戦で半減すべし‼」という恐ろしい計画に端を発し、トロイアの王子パリスが毎度お騒がせなアフロディテにそそのかされ、スパルタ国王の王妃であるヘレネーを略奪したことでトロイア戦争が勃発します。長い闘いの末にパリスが命を落とした時、ヘレネーはパリスとすべての勇敢な戦士達を偲んで涙を流します。その涙の一つからタイムが、もう1つからはエレキャンペーンが生えたというのです。(トロイア戦争はいろいろな神や女たちが勝手に頭を突っ込み、目的も見失って下らない闘いを延々とつづけたのですが、十字軍の遠征はこの神話の再現の様に酷似しているのが面白い!)

こうしてタイムは「勇者の印」「勇気の証」と伝承され、古代ローマの兵士たちは勇気を鼓舞するためにタイムの香油を入れた風呂に入ったといいます。当時「あら素敵♥、タイムの香りがするわ💕」というのは男性に対する最高の褒め言葉だったようです。

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一方のミツバチ。古代エジプトでは黄金色に輝く甘く栄養価の高い蜂蜜は奇跡の食べ物とされ、「太陽神ラーの涙」とまで崇められていました。そして女王蜂を中心に大きな家(巣)で大家族を作る蜂は繁栄の象徴、幸運の象徴、貯蓄の象徴とされ、女王蜂の姿は歴代エジプト王座のシンボルとして使われました。その流れから「ミツバチ」はヨーロッパではラッキーアイテムとして様々な装飾品やお守りのモチーフに使われてきました。

そして十字軍遠征でキリスト教徒の心を掴んだ「乳と蜜の流れる土地カナン」というキーワードにミツバチの重要性が隠されています。この言葉は旧約聖書「出エジプト記」の中で、モーゼに率いられてエジプトを脱出したイスラエルの民が、神が約束した「乳と蜜の流れる地」であるカナン目指したのです。旧約聖書の時代、滋養のある食品、乳や蜜は肥沃な土地、恵みと豊かさのシンボルでした。そして蜜を取るミツバチもまた神に下された大切な生物だったのです。

 

 

 

 

 

ちなみに西洋でミツバチの他にラッキーチャーム、いわゆる縁起物とされるアイテムは、卵(宇宙の始まり、キリスト教では復活の象徴)、蛇(神の使い、特に2匹が互いの尾をくわえたウロボロスの意匠は∞永遠の象徴)フクロウ(神の使者、知恵の象徴)、蜘蛛の巣(運を捕らえる)、カエル(命の再生、健康と繁栄)などがあります。

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こうしてラッキーアイテムのミツバチと勇者の印であるタイムは、戦場へ旅立つ者への祈りをこめて一針一針刺されていたのです。

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2つ目は「タイムとミツバチのGive&Take」、上手に持ちつ持たれつ生きている、自然界のシステムについてお話しましょう。

タイムは地中海沿岸原産のシソ科のハーブで温暖なヨーロッパとアジアに自生します。約300以上もの種からなるグループがあり、上に伸び上がるタイプとカーペット状に広がるタイプがあります。基本種のコモンタイム(Thymus vulgaris)は立ちあがるタイプで、古くから料理や薬用とされ日本名はタチジャコウソウ。

初夏から秋にかけて咲くタイムの花は、雄花の時期と雌花の時期がある雌雄異熟というタイプです。まず雄花として開花しますが、雄しべが花粉をつけている間の雌しべは閉じていて自家受粉を避けています。そして雄しべは花粉がなくなると枯れ落ち、そのタイミングで雌しべの柱頭の先が開いて雌花となり、これで受粉可能状態。これは近親交配による遺伝的組合せのバリエーションの低下で種の存続の危機を避ける為です。ミツバチや蝶が花に潜ってモゾモゾと無我夢中で蜜を吸っていると頭や背中にはたっぷり花粉が付き、そのまま移動すると本人が知らない間に運び屋をやることになります。この作戦、虫に花粉の運搬を任せることで自分の遺伝子を出来るだけ拡散したり、優秀な子孫を残す為に植物が仕組んだ秘策なのです。

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ミツバチや蝶にとって、タイムは運び屋代行の代償と美味しい蜜をいただけるだけではなく、プラスαのメリットがあるのです。

タイムはフェノールの一種で強い抗菌・防腐作用を持つチモール(thymol)という有機化合物を多く含みます。この作用から古代エジプトでミイラを作る時に使われたり、冷蔵庫のなかった時代には大切な天然の保存料として食品を守りました。紀元前1世紀のヒポクラテスもその殺菌効果を書き残しており、中世ヨーロッパで疫病が大流行した時にもタイムは大活躍したのですが、そのエピソードはいつかまたの機会にお話しましょう。

さてさて、その殺菌作用がミツバチにも恩恵をもたらすのです。例えばミツバチの天敵「ミツバチヘギイタダニ」が猛威をふるった時、被害の少ない地域にはタイムが自生していたそうです。ローマの詩人ホーレス (65 BC – 8 BC)は、紀元前一世紀のローマで、既に養蜂の為にタイムを栽培していることを書き残していますので、その頃から養蜂家の間ではタイムが大切な植物とされてきたことがわかります。

現在もタイムから取れるチモールは、ダニに対して効果的であると同時にミツバチに高い安全性があることも 確認されていて、ハチにとっても養蜂家にとっても有りがたい天然の薬として使われているのです。

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この時期、まだ花を付けているタイムを見つけたら観察してみてください。花に潜って背中に花粉を背負っているかわいいミツバチをみつけたら、トロイア戦争と十字軍、遠い昔のから騒ぎに思いを馳せてみてください。