月別アーカイブ: 2018年6月

農神さんと源内さんと日本一の星空を

 

夏のような日と梅雨寒の日が行ったり来たり…体調管理が難しい時期ですね。今朝はモーニングを淹れましょう。気温や気圧などが忙しく変化しても、生命維持の為に体内の状態を一定に保とうとフル稼働しているのは自律神経さん一人です。この方ワンオペです。長時間労働、残業なしで不調が出ると責められ、バイトも雇えません。まさにブラックです。モーニングで自律神経をちょっとサポートしてあげましょう。お茶を待つ間、モーニングに入っているハーブ、シサンドラのお話でもお付き合いください。

*****

シサンドラ(Schisandra cinensis)は朝鮮五味子の名で知られる中国の北東部原産、モクレン科の植物です。高さ2mほどになる蔓性植物で雌雄の株が異なり、雄花には雄しべが6本、雌花には雌しべが無数にあります。属名の Schisandra はギリシャ語のschizo(裂ける)+ andron(雄しべ)、種小名の chinensis は「中国の」を意味します。6月頃に芳香を放つクリーム色の小さな花を咲かせ、後に小さいな丸い果実を房状に付けます。ブドウのように花1つ1つから結実するのではなく、1つの花からたくさんの実をつけ、熟すと濃赤色になります。

***

「五味子」は古い歴史をもつ生薬で、現存する最古の薬物学書である神農本草経に記されています。、“記された”といってもこの書物は編者や成立年代も不明なほど古く、木片や絹布などに書かれたり口伝で伝わったりした内容を、数世紀かけて何人もの手で加筆や編纂が重ねられたものです。

この書の中には1年の日数と同じ365種類の植物・動物・鉱物が生薬として解説されており、薬の性質により上品(じょうほん・長期連用しても毒性がなく不老長寿をめざす養命薬)、中品(ちゅうほん・毒性はうまく加減して用い、抵抗力を養い、強壮や予防の為の養性薬)、下品(げほん・毒性があるので長期使用はできないが積極的な病気治療の為の治病薬)と分類されています。五味子は上品に堂々のランクイン!いい薬です!

ちなみに神農本草経神農とは、3千年以上昔に実在した皇帝とも、古代中国神話に登場する医療農耕の薬祖神とも言われています。日本に伝わった江戸時代、幕府の薬草園にこの大陸の農神様の像が祀られると、医家や薬種商家にもシンボル的に祀られるようになり、しだいに日本の医薬神である少彦名命(スクナヒコナノミコト)を祀る神社に共祀られることとなり、現在に至るまで医薬関係者と露天商関係者(?)から厚い信仰を集めているという興味深い流れ…神農さんにまつわるお話はまた後日いたしましょう。

*

五味子は果皮に「酸」、果肉に「甘」、種に「辛・苦」、全体的に「鹹(しょっぱい)」と五味を含むという意味です。中国伝統医学では人間の味覚で感知できるこれら5つの味には、それぞれに対応する五臓、心・肝・脾・肺・腎に作用すると考えています。ここでいう五臓とは現代使われる解剖学的な臓器名とは異なり、機能で分類した呼び名です。

苦味 血管・心臓機能低下

甘味 脾・膵臓機能低下

酸味 肝機能低下

鹹味 腎臓、生殖機能低下

辛味 肺・皮膚、呼吸器機能低下

五味子は体内を巡る”気”や”精“(エネルギー)の漏れを防ぐ働きで、全身に作用するというのです。唐の薬物書『新脩本草』を編纂した蘇敬曰く、「五味子はその日の体調で強く感じる味が異なる」のだとか。

*

1578年、中国は明の後期に編まれた『本草綱目』で、五味子は生息地によって分類されています。黄河より北で採れる北五味子(ほくごみし、朝鮮五味子のこと)の実は黒っぽく強壮効果が高い、黄河の南で採れる南五味子(なんごみしSchisandra sphenanthera)の実は赤く強壮作用は低いが鎮咳薬に適している、と。

紛らわしいことに日本でいう南五味子はさねかずら(Kadsura japonica)を指し、こちらも鎮咳薬に使われてきました。また蔓からとれる粘液はちょんまげメンズのヘアスタイリング剤に使われていたことから、美男蔓(びなんかずら)という粋な別名があります。

***

日本には江戸は享保(1716~36年)の頃に渡来します。中国から生薬としてもたらされた事も、朝鮮産の種子を輸入していた事も事実ですが、「朝鮮」とついているのは例によって「舶来品」という意味だったのかも知れません。しかし舶来品という高級感を強調した名前をつけた後で、日本にも自生していた事が判明。当時は種子しか見たことがないので、植物の姿を知る術はなかったのですから無理もなきこと…。

*

この日本に自生する北五味子を発見したのはエレキテルで有名な平賀源内でした。マルチな活躍をした源内の本業は本草学、薬物学者だったのです。源内の興味深い生涯については後日またゆっくりお話しいたしましょう。

*

朝鮮から輸入した五味子の種子を御薬園で栽培した源内は、駿河国(現在の静岡県東部)に分布している植物とそっくりなことを発見します。その後は北海道や本州の中部以北の山地でも次々と発見されました。その中で特に貴重な朝鮮五味子として幕府へ献上されていたのが富士山の北側の薬園で採れた五味子(地元ではごむしと呼ぶ)でした。これは品質の差ではなく、単に富士山が『蓬莱山』(不老不死の神薬をもった仙人が住むという中国神話の霊山)の最高峰と考えられていたのでプレミアムのついたブランド五味子として扱われたのでしょう。

*

当時、軽井沢近辺の朝鮮五味子も有名だったようです。江戸時代末期の医師であり儒学者だった伊沢蘭軒の生涯について森鷗外が綴った史伝小説の中で、朝鮮五味子について蘭軒自身が「碓氷峠の天産植物、肝臓に良い成分とし重宝されていると」と語っているように、山間地の民にとって自家製の五味子酒、五味子茶、五味子味噌、五味子酢は大事な健康食品、民間療法として活用されていたことが解ります。

尚『伊沢蘭軒』(森鷗外 1996 ちくま文庫)は、私のおつむりでは内容が入り辛く…お勧めしかねます。悪しからず。

また長野県阿智村や喬木村周辺にあたりには、五味子の蔓をお風呂に入れて入浴する健康法もあったそうですが、植林による山野の環境変化で採取が難しくなりこうした朝鮮五味子の利用も忘れられた存在になっていったのです。余談ですが、今この阿智村の「日本一美しい星空」は外国人にも知られています。日本人なら是非一度は訪ねておきたいところです。

*

現在も北五味子は和漢の生薬として日本薬局方(平成28年17改正)に収録されており、滋養強壮、夏バテ、口渇(いわゆるドライマウス)、疲労、多汗、男女の精力増進(いわゆる妊活)、若返り(いわゆるアンチエイジング)、呼吸器機能の衰え、うつ病や適応障害などの精神疾患の治療を目的に、小青竜湯や清肺湯、人参栄養籐、苓甘姜味辛夏仁湯などの漢方処方に配合されています。

***

朝鮮五味子はアジアを西に進み、インド古代医療アーユルベーダの主要ハーブ、シサンドラとして重用されます。中国医療と同様に強壮、強精、鎮咳去痰に使われる他、脳や神経、肝臓の細胞活性といった更なる効果が具体的に加えられました。

転機が訪れたのは1947年、ロシアの科学者ラザレフ氏によって『アダプトゲン』という概念が提唱されてから。アダプトゲンとは精神的、肉体的のストレスに対する抵抗力を高め、全身の機能を活性化させる作用を持つ天然ハーブを意味し、朝鮮人参やウィザニアなどとともにシサンドラも挙げられたことから、世界へ進出することとなりました。

アダプトゲンの条件とは ①毒性(副作用)がない ②心身にかかるストレスへの順応を促進する特性を持つ ③作用が特異な臓器や器官に限定されず生理機能全体を正常化させる、といったことで、これはまさに農神さんの謂う不老長寿の薬「上品」の条件にピタリと一致。

近年の科学的研究で、シサンドラにはタンパク質、カルシウム、リン、鉄、ビタミンB1、C、E、といった栄養素の他に、有機酸(クエン酸、リンゴ酸、酒石酸)、リグナン(シザンドリン、デオキシシザンドリン、ゴミシン、プレゴミシン)アミノ酸(アルギニン)、精油にはセスキテルペン、シトラール、カミグリンといった非常に多くの植物性化学物質が含まれていることが解りました。

さらに1972年以降の臨床試験で肝障害の治療に効果があったという報告から、現在も急性肝炎の治療薬としての研究が続いています。

化学的な研究によって昔から言われている有効性は裏付けられた訳ですが、全貌解明まではまだまだ、今後に期待です。

***

さて最近日本の若い女性の間で、韓国女性の美肌の秘密は五味子茶(オミジャチャ)にあり、と朝鮮五味子が知られるようになっています。五味子の砂糖漬けシロップをお水で割ったり、乾燥した実を一晩水に浸して抽出したエキスに蜂蜜やお砂糖を加えて飲む、という冷たいお茶だそうです。現地ではお水を加えるだけの粉末状やジャム状になったオミジャ茶や、ビニールパックにストローを挿してチューチュー飲むオミジャ茶が売られているそうです。韓国旅行にいらした折には是非探してみてください。

こうして韓国のオミジャ茶が話題になったお陰で、北海道の大雪山や羊蹄山のあたり、富士山麓や軽井沢や白馬といった山林に自生し続けてきた朝鮮五味子が再び見直されるようになり、地元で採れた五味子のスイーツやスム―ジー、果実酒が人気になっています。

*****

上記以外の地域でも、林道など山径の日当たりのよい場所で見つけることもできるようです。この季節なら香りのよい小さな白い花が、秋なら赤い小さな葡萄のような実がみつかるかも知しれません。

山歩きはちょっと…という方、日本全国津々浦々に在る植物園や薬草園(薬学部のある大学にも付属植物園があります)なら名札がありますのでより簡単に朝鮮五味子は見つけられますよ。

さ、梅雨の晴れ間に自律神経をリラックスさせる為にも、ちょっと出かけてみませんか?